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私、『半分、青い。』の少女漫画考証を担当させていただきました。

 現在放送中の朝ドラ『半分、青い。』をご覧の方はいらっしゃるでしょうか?  私、縁あって、この『半分、青い。』漫画家編の少女漫画考証を担当させていただいた佐久間と申します。私が1970年生まれで、永野芽郁さん演ずるドラマの主人公・鈴愛(すずめ)ちゃんが1971年生まれです。ほぼ同時代を生きてきましたので、毎朝、その時代時代を懐かしく思いながら楽しんでドラマを拝見しております。今回は、鈴愛ちゃんこと楡野スズメが漫画家として駆け抜けた1990年代の漫画業界と、私のその当時の仕事の思い出を語らせていただきます。


『一瞬に咲け』花とゆめ掲載はもちろん狙っておりました(笑)

 鈴愛が豊川悦司さん演ずる秋風羽織先生の弟子になるため岐阜から上京し、そこで2年間鍛えられてデビューしたのが1992年。受賞作&デビュー作の『一瞬に咲け』という恋愛漫画は、その後好評につき連載になり、1996年まで連載されて6冊のコミックスが発売されました。
 この受賞作『一瞬に咲け』24ページは、先日発売されていました花とゆめ16号(紙版)にて、劇中の漫画家スズメの中の人、なかはら・ももた先生の手によってリアルでも掲載されました。なかはら先生がツイッターで『なぜ花とゆめに、というのは「半分、青い。」の少女漫画考証を担当している佐久間崇さんが白泉社の方でして、ドラマを手伝う中、鈴愛ちゃんを虎視眈々と狙っていたらしい…?!(笑)という経緯なのです(^ν^)』とつぶやかれていましたが、その通りです(笑)。スズメの漫画を是非、白泉社の雑誌で!と狙っておりました。ちなみに、なかはら先生もほぼスズメと同世代です。


気分も仕事の内容も『世界の果てまでイッテQ!』

 90年代中頃といえば、ネットも今ほど浸透してなく、漫画業界は本当に元気でした。その頃の白泉社は普通の漫画雑誌だけでは飽き足らず、エッセイコミックだけで雑誌を作ろう!ということで1996年に「PUTAO(プータオ)」という一風変わった雑誌を創刊しました。私も入社2年目ながら、その創刊メンバーとして配属されました。宇野亜由美先生の『アジア行かされまくり』という連載で、現在はコラムニストでも活躍中の勝谷誠彦さんと宇野先生と3人で一緒に、タイやらベトナムやらインドやら…と色んな国に取材に出かけては、ガンジス川に入ったり、ヘビを首に巻いたりと色んなことを体験しました(笑)。
 その他、この時期にはこれまた縁があり、集英社の大御所・一条ゆかり先生とも仲良くさせていただき、先生と一緒にイスラエルに行き、取材旅行記のエッセイ漫画も執筆いただきました。一条先生に「さくまん~、泥塗って、泥!」と死海の泥エステで水着姿の先生の体に泥を塗りたくったのも今となっては良い思い出です(笑)。何か、漫画編集の仕事というよりは、気分も仕事の内容も『世界の果てまでイッテQ!』のような仕事ですね(汗)。

 その後は1999年に「メロディ」に配属。この年はスズメちゃんが漫画家を辞めてしまった年ですね…(涙)。ちょうどこの前の年の1998年には、「メロディ」に、なかはら・ももた先生にもご執筆いただきました。今回のなかはら先生の『一瞬に咲け』は、20年振りの白泉社でのお仕事になりました。巡り巡って再び出会う、スズメちゃんの漫画『神様のメモ』のお話みたいですね!


その「一瞬」に込めた魂の結晶

 「メロディ」ではその後2年間、そして「花とゆめ」に異動して10年、そしてまた「メロディ」に戻り7年間。「メロディ」では編集長も務めさせていただきました。思い出深い作品は沢山あります。樋口橘先生『学園アリス』、ふじもとゆうき先生『キラメキ☆銀河町商店街』、清水玲子先生『秘密』、樹なつみ先生『一の食卓』…。勿論、このほかにも素晴らしい漫画作品、漫画家さんには星の数ほど出会い、担当させていただきました。
 鈴愛は漫画家を辞めてしまいましたが、ドラマの中では鈴愛の描いた『一瞬に咲け』は永遠に残っているはずです。現実の漫画家さん達が魂を込めて執筆された作品を、時を経た今でも読め、そしてあのときの情熱に触れられることができるのは素晴らしいことだと思います。漫画家さん達が、その「一瞬」に込めた魂の結晶でもある素敵な漫画を、是非、白泉社e-net!でお楽しみください!

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